イケダハヤトの著書を読んで「ブログを書く」ことにした。

「ブログを書く」ということを考えた結果、書くことにしました。
書くスキルを鍛えます。

文章というのは究極のコンテンツだから。
ブログで稼ぐ!とかそういう意気込みではないけれど、
必ず役に立つスキルだってことはこの本を読む前から感じていました。

繰り返す。文章は究極のコンテンツである!

武器としての書く技術

現在(2016年3月)はイケハヤ氏の話題の新刊「まだ東京で消耗してるの?」が出ていますがそっちじゃないです。
結論から言うと、とてもタメになった。今必要な情報だった。ということです。
こうやって結論から書くってうことが本に書いてあります。

そしてこの記事タイトル「イケダハヤトの〜」ってつけました。
著名人の名前が入っているとご本人様のエゴサーチに引っかかるってこと。
イケダハヤトさん。みていますか? みてないですよね。
これも本に書いてあったテクニックです!

内容は普段からウェブを主戦場に文章を書いている人。それで食っている人なので、とても読みやすい。
この本の文の書き方そのものも参考になります。
2時間もしないくらいで読了しました。
速読気味でしたがぼくの読むスピードは人並みの範囲なので、一気に読める本ってことです。

この投げやりな個人ブログじゃないところで、地域系のウェブメディアを運営しているので今日から参考になる本でした。
イケダハヤト氏の最新刊「まだ東京で消耗してるの?」もこれから読みます。
そう、ここで読もうと“思います”じゃなくて“読みます”と言い切る。
そんなことも本に書いてあった気がします。いや、書いてあった。言い切る。

言い切ってしまうことから始まることもあると思います。いや、あります!

これから毎日このブログを更新します。(言い切った)

なぜ、文章は究極のコンテンツなのか

写真、映像、音楽、すばらしく心ゆさぶるデジタルコンテンツがある。
その中でもブログを書くという行為はキーボードを叩くことができる人ならば、なんらかの文章は生み出せる。
誰もができるし、日常に最も近いコンテンツ制作が文章を書くってことなんだと思う。
写真だったらカメラと被写体。映像も機材やパソコン。いろいろな専門知識。
そうやって被写体や機材や資金を直接的に必要とするでしょ?
テキストって生身に近いコンテンツで、いわば書いた人の分身のような存在。

文字の羅列で情報を伝え価値を生む。

文章は、究極のフリー素材「文字」を用いたデザインなんだ。
本質的な意味での「デザイン」をする行為に他ならない。
自分の中にある「何か」を外に出す行為。それはアートとも言えるかもしれないよね。

イケダハヤト著「武器としての書く技術」周辺の人ならいつでも貸し出しますー。おすすめ。

文章、コピー、写真、映像などデジタルコンテンツをすべて生み出すことができるWEBデザイナーになるぞー!
田舎のワンストップクリエイター坂本。

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